<有限会社人事・労務 設立20周年記念セミナー基調講演より>

矢萩((有)人事・労務代表取締役):
宇田川先生がおっしゃっていた「GDPが1%しか伸びていない」というお話。
まさにこれはIT革命に合った社会、もっと言いますと、それに対応した組織風土に企業がなっていないということも一つなのではないかというのもあると思うのです。
まさに未来のために組織開発をしていくような人事の役割が必要で、例えば、今までの総務は問題解決も仕事の一つであったし、組織の中でも給与計算だとか手続きだとかをやる仕事も一つでした。
しかしながら、これからは組織の能力を高めるためにどうすればいいのかというのが新たな役割でもあるし、改革のリーダーになっていくというのもそうですし、ラインマネジャーの評価の推進役。会社によっては、ラインマネジャーが直接評価して、人事・総務部はそれに対しての推進役の役割をしていくのだと思います。
また、部下育成はラインマネジャーの仕事の重要な位置を占めているのだということもあると思うのです。
うちの組織や他の組織なんかを見てもそうなのですけれども、部下がうまくいかないのは、社長や人事の役割になってしまっていて、なかなか上司が部下を育てることをしていかないなんていう声も一つ出ているわけなのです。

宇田川先生(埼玉大学人文社会科学研究科 准教授):
人事の役割は、変わらざるを得ないでしょうね。
例えば”リアルタイムフィードバック”に関してお伝えすると、先日、HRテックに関わるイベントに行っていたのですけれども、そこに参加していた方たちといろいろ話す中で、ある企業の人事の方は、「結局、今まで自分たちは人事評価制度をずっと考えてきたのだけれども、人事評価はいくらやっても正解がなくて、あまり意味がないということに気付いた」と。何で人事評価をこんなに考えなければいけないのかといったら、会社の中のコミュニケーションがうまくいっていないからだと気付いて、それがちゃんとうまくいけば、そんなにこういうことで悩まなくていいのではないかと気付いたという話をしていたのです。
なるほどと思いました。
実際に、例えば欧米では、「ノーレイティング」に移行する企業が出てきています。人の社内でのランク付けをやめて、むしろ、その人の成長に寄与する形の制度に変わってきているようです。
つまり、もともと製造業が中心だった時代においては階層的な大きな組織はうまく機能する仕組みだとは思うのですけれども、知識労働の時代になって、組織はこれから小さくなってくるのはまず間違いなく起きることだと思うのです。
そうなっていったときに、本当に人を評価するためだけの人事でいいのかというと、多分違うのです。
そうではなくて、もっと組織のコラボレーションを生み出すような後押しをする役割として存在が変わってくるはずだと思います。

日本でも、ホラクラシー経営など先進的な視点を取り入れている会社では、給料は全員同じ・一切差をつけない、といった制度も出てきています。要するに、給料ではなくて仕事の楽しさでモチベートされるべきだと考えているのです。
そういう企業・制度をちゃんとつくり出せるように、人事だとか社労士の方の役割が大事になってくるのではないかと思います。

■強い企業文化は、同時に、そうでない在り方を否定するということでもある

矢萩:
風土を徹底していっている会社は強いですよね。
例えば、IBMでは、“つくる”以外を徹底する社風をつくっています。もともとハードをやっていたのがうまくいかなくなって、これからはソリューションだということで動き始めて、そういう流れをつくっています。
スズキで言えば、例えば、改善点を徹底して800カ所ぐらい年間に見つけたら、社長が全工場を回って実際にそれが改善されたかどうかを見に行くぐらいの徹底ぶりをしていったりしています。
GEは、PDCAではなくて組織のリーダーをつくるためにPOIMを徹底していますよね。
Pは計画。中長期の計画を立てていこうということ。Oは組織化。まさにオーガナイゼーションをどう考えていくか。Iは統合化を図っているわけです。Mはそれを測定していこうということ。
こういった中で経営者をつくっていくというのをやっているわけです。

そうような組織文化をいかにつくっていくのか。
うちの会社で言うと、「ESを徹底してやっていこう」なんて言うのですけれども、そういった文化を妥協なく徹底的にやり続けるところが大切なのだと思っています。
そこには、「うちの会社はどんな戦略を立てて、その戦略のために動くためのどのような文化を醸成するのか」という点を明確にせねばなりません。

先ほど宇田川さんがおっしゃったように、中小企業であれば今はイノベーションです。
イノベーションに合った組織風土ができているのかどうか、それに合っているのかどうかというのを徹底的に検証していって、それを測っていく仕組みが今必要になってくるのではないか、と宇田川さんの話を聞いて思ったところです。

宇田川先生:
そこに一つ気を付けなければいけないことがあるかと思います。
というのは、組織文化論は研究の流れでいうと1980年代にすごく盛んになりました。
この中でご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、『エクセレント・カンパニー』という本が出ましたよね。あれは、もともとはどういう本だったかというと、日本の企業のような強い価値観を共有している会社がアメリカにもありますという本だったわけです。それを紹介していた。
あるいは、『ビジョナリー・カンパニー』という本が90年ぐらいに出ました。それらの会社がどうなったかというと、実はかなりローパフォーマンスになったり、つぶれたりしているわけです。なぜなのかというと、それは、強い企業文化はもろ刃の剣であるという側面もあるということです。

宇田川先生:
つまり、強い企業文化を持つことは、同時に、そうでない在り方を否定するということも出てくるわけです。
そうすると、方向性が変な方向に行ったときに、誰がどうやってそれの修正を図るのかというところができている、そちらの相対化し、変革するメカニズムを同時に持っておかないと、風土の強化強制をしていくことが逆に組織を弱体化させるという問題もはらんでいる可能性がある。

こう考えてみるといいと思うのです。以前、人工生命の研究とビジネスを展開される方々とお話した時に学んだことなのですが、例えば、先ほど挙げていただいたような会社が、何年でもいいのですけれども、100年続くかということです。
100年続く会社なのか、1000年続く会社なのか。戦略的に成功すれば、20年続く会社というのは、つくれるかもしれません。
戦略的に成功すれば20年はそのビジネスモデルでやっていけるでしょう。
だけれども、20年後にどうなるでしょうか。あるいは30年後は。もちろん、持つかもしれません。けれども、その先に必ず変化が起きてきたときに今までの成功の仕方のルールを変えられるかどうかが結構重要な点なのかなと。
例えば今、物流業界はすごく苦しんでいますね。
これまでのビジネスモデルや戦略はすごく良かったけれども、今みたいなIoTの時代になったときに、もう一段乗り越え先に進む戦略は何かないかと思うわけです。

その観点でいうと、方向転換を図るのは、階層型組織であれば上の立場の人の仕事なのです。要するに、社長が腹をくくって方向転換をしなければいけないのです。どうしてもそれはしようがない。
だけれども、そのときに方向転換する先で、どういう風土を醸成するか。
例えば、誰もが当事者になれるような仕組みをどれくらいつくれるのかというところが、もう一つの装置として必要なところだというのは付け加えたいと思いますね。