葛藤・対立と向き合い歩んでいく深く長い旅路 ‐『対立の炎にとどまる』読書会を終えて


 アーノルド・ミンデル氏の『対立の炎にとどまる』は、家庭や近隣の身近なコミュニティ内部の諍いから国家間・民族間の紛争に至るまで、あらゆるレベルの「対立」にどう向き合い、当事者が取るべき行動を見出していくかについて、ミンデル氏自身の実践を交えた解説書とも言うべき著作です。本文が350ページを超えるこの書籍を使った読書会は、2024年7月から月1回のペースで、16の章を参加者が分担して要約し、順次発表をしていく形で計6回開催されました。

 参加者は、社労士をはじめ非常に多彩なメンバーが集まりました。ミンデル氏の創始したプロセスワーク・ワールドワークを実際に体験されている参加者もおられ、毎回ディスカッションも活発に行われました。

 ミンデル氏が著書で紹介している実践自体はさして複雑なものでもないはずなのに、論理的に捉えてみようとするとかなり難しいものでした。各章について要約を発表された参加者からも、「こういう解釈でいいのか…」と半ば疑問を残しつつ解説されるケースも少なくなく、勿論かく言う筆者も決して自信満々に要約を披露したわけではありませんでした。

 それでも発表者の中には解説の内容を図式化する人もおられるなど、各々が要約の資料作成にすこぶる意欲的で、筆者も毎回頭の下がる思いでした。発表に続くブレイクアウトルームでは更に話が広がっていき、社労士の仕事に結びつけた意見など、書籍の内容を超えて充実した議論が繰り広げられました。

 読書会の初回には、ミンデル氏の研究に精通しているシステムアウェアネスコンサルティング 代表 の横山十祉子さん から、書籍を踏まえ「対立とどう向き合うか」という視点から解説がありました。

 横山さんによると、対立に「制度・ルール」からアプローチすることと「人間関係」からアプローチすることは相反するものではなく、双方の強みをバランスよく生かすことにより、相互理解・相互尊重を促進して組織文化を変容させていけるという考えがベースになっています。

 著書のタイトルでもある「対立の炎にとどまる」ことが必要なのは、対立を通して個々の心に生じる「葛藤」の中に解決へと導く答えがあるからだ、というのがミンデル氏の主張で、人は自分のアイデンティティを自覚していないケースは少なくないが、こうした葛藤などを通して無意識だった自我に気付くこと、すなわち当事者が「アウェアネス」を得ることが重要であるとしています。

 そして、この深層心理における葛藤からアウェアネスに至るまでのサイクルは、一度きりではなく繰り返されていくもので、平穏で葛藤の無い関係性に緊張や葛藤が生じると、それらを解決するために動き出し、その行動を通してやがて各人の視野が広がると「ロールスイッチ」により他者の立場を想像するに至り、相互の立場が統合されることで熱が冷め、リラックスして心が開かれて再び平穏な関係性に落ち着く、という循環を辿るのだとされています。

 社労士として企業等の組織が抱える問題に関与するとき、往々にして社内の人間関係が絡むことがあります。読書会の第2回以降は、参加者が持ち回りで1章ずつ内容の解説をした後、グループに分かれて討論する形で進められましたが、自身の仕事で直面していることになぞらえてみたり、過去の経験を思い起こして当てはめてみるといったような、毎回深い思索を伴う語り合いの場になっていたように思います。

 各章において「ランク」「ダブルシグナル」「ゴースト」「ホットスポット」といったキーワードが出てきましたが、いずれも日頃他者と接している中でごく普通に生じ得るものでありながらなかなか自覚することがないもので、そうであるからこそミンデル氏はこれらの事象に目を向けることを重視している、と読めました。

「薪を燃やす」という表現が著書の中に出てきますが、当事者がそれぞれ自分の感情をとにかく出し切ること、自分の長年置かれた立場などにより無自覚になっていた自分自身の不満や憤りなどを顕在化させることにより、対立の本質的な部分を認識できるようになることが解決への鍵になると考えられています。

 そして、対立の中にいる当事者にこうした気付きを促す存在としての「エルダー」の役割について、特に「リーダー」との相違点については、クライアントである組織やその構成員に相対する社労士等コンサルタントの取るべき姿勢を考えることに通じるものがあり、考えさせられることが多々ありました。

 ミンデル氏は東洋の道教(タオ)の思想を採り入れていますが、何故わざわざその思想に行きついたのだろうか、と最初筆者は疑問に感じていました。それで著書を読み進めてみると、道教の思想の中でも「自然の流れに任せる」ということを重視していたように思われました。俗な言い方になってしまいますが、つまるところ結果を焦らず、個々の当事者が自らの感情を十分に自覚し、心底納得するまで辛抱強く待つという一種の「胆力」が、対立の問題を解決に導く「エルダー」の資質として重要であり、自らの思考と言動で周囲を引っ張っていく「リーダー」とは一線を画すアプローチが時として必要になる、ということを伝えたかったのでは、と捉えることができました。

 著書の後半は、この「エルダー」の役割を果たす上で必要なスキルについて、更に踏み込んで書かれています。社労士が顧問先の企業等に向き合う際、当該顧問先等が職場の人間関係などでトラブルを抱えているのであれば、おそらく経営者の多くは「リーダー」としての立場を取らざるを得ないことが少なくないと思われます。たとえばそうした時に、社労士らが「エルダー」のポジションに立って、個々の当事者が「アウェアネス」を得るに至る流れを辛抱強く見守り、解決策を打ち出す最適なタイミングを見極めるスキルを身に着けていれば、なかなか簡単には解決できなかった根深い問題も、解決に近づく可能性がぐんと高まるようにも思えます。

そうした意味でも、私たちがミンデル氏の著書から学ぶことは非常に意義深いものなのではと思いました。

 最後になりますが、このように「対立の炎にとどま」り、当事者それぞれが「アウェアネス」を得ることを通じて、当事者の属する組織やコミュニティに生まれるのが「ディープ・デモクラシー」であるならば、それは今の社会において最も必要なことなのかもしれません。世界のあちこちで様々な「分断」が、それもかなり深刻なレベルで進んでいるとすら感じられる昨今、ミンデル氏の提唱してきたことは、もしかすると人類が生き延びるために必要なスキルを包含しているのかもしれません。読みこなすのが結構難しく、文量も多い著書ではありましたが、多様で創造性あふれる職場のあり方を探究し支援する私たちだからこそ、折に触れて読み返す意義のある分野であろうと思われました。