日光街道太陽のもとのてらこや 基調講演「協同労働」が描く 新たな社会の未来像」レポート
概要
「太陽のもとのてらこや」ゴール地点である日光東照宮で、労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会専務理事・田嶋康利氏を招いて実施されたセミナーです。本セミナーは、「協同労働」という新しい働き方や組織形態を軸に、社会や地域の未来像について議論しました。その一部を抜粋してレポートします。

開会あいさつ
最初に、田嶋康利さんは日光東照宮という特別な場所での開催について、「この場所の歴史と自然の中で、日本の未来の働き方について考えられることに感謝します」とお話になりました。
基調講演
2時間に渡る田嶋康利氏による講演は、「協同労働」がテーマです。協同労働では、「働く人たちが自ら出資し、経営に参加し、必要な仕事を創出する仕組み」で、「所有の概念を超えた組織運営で、共に価値を分かち合うこと」を目指しています。
田嶋氏が連合会専務理事を勤める「労働者協同組合(ワーカーズコープ)」は、、働く人々が出資をして組合員となり、経営に参加しながら仕事に従事する新しい組織形態です。2020年12月4日に労働者協同組合法が成立し、法的な基盤を得ました。

この組織の特徴は、組合員が出資者であると同時に経営者であり労働者でもあるという点です。一般企業のように出資者、経営者、労働者が分離されているのではなく、全ての立場を組合員自身が担います。
組織の目的は、多様な就労機会の創出と、地域における必要な事業の実施を通じて、持続可能で活力ある地域社会の実現を目指すことです。
現在ワーカーズコープの活動内容は、全国で約1万4000人が就労し、事業規模は385億円に達しています。活動は北海道から九州沖縄まで広がっており、主な事業分野は多岐にわたります。
具体的には、地域福祉、子育て支援、障害者支援、若者の就労支援、コミュニティカフェの運営、農業、環境保全活動などを展開しています。特徴的な取り組みとして、障害のある人もない人も共に働く場づくりや、地域の課題解決に向けた事業創出があります。また、所得保障制度を活用しながら、平均工賃を一般的な水準よりも高く設定するなど、働く人の生活の質の向上にも取り組んでいます。
トークセッション
基調講演の後は、トークセッションです。
パネリストとして、矢萩大輔氏(有限会社人事労務 代表取締役)、金野美香(一般社団法人日本ES開発協会 理事長)が登壇。田嶋氏と共にトークセッションを行いました。

矢萩氏は、共同労働の本質とその重要性について、日光街道を歩いた体験をしながら以下のように語ります。
「協同労働の話を聞いたことがある人はいると思うのですが、この法律の面や共同労働の本質というところのお話を聞いたことがある人は、そんなに多くないのではないかと思います。今、自律分散型の組織やティール型組織という話の中で、大切にしている当事者意識というところがあって。地域や暮らしの持続可能性に着目している点が非常に面白いと感じました」
特に印象的だったのは、147kmの日光街道を実際に歩いた体験を通じた気づきの共有です。

例えば、杉並木の景観について、「自然を守るべき」という抽象的な議論ではなく、実際に歩いてみることでこれから見える現実の課題(歩行者の安全性など)に触れ、そこから生まれる当事者意識の重要性を説きました。
矢萩氏は、「身体性を伴った場であり組織である」というコミュニティの本質について、効率や効率性だけでなく、実際に経験することで生まれる地域とのつながりの重要性を強調。そして、地域の課題に対して、私たち自身もその問題の一部であるという認識を持つことの重要性を指摘しました。
金野氏は、基調講演で特に印象に残った点について、以下のように語ります。
「以前『就業規則を作るために丸一日事業運営を止めて、みんなで話し合って、働くルールをみんなで意思決定をして、次の日から仕事をスタートした』というエピソードを聞いたことがあります。当初は『それってありなんだ』とびっくりしました。それは自分たちでこの仕事を担っていて、この地域の中で仕事を動かしているという自覚が強く滲み出ていて、それが職場の中での対話の文化、話し合いの文化というところに大きく影響しているのだと感じています」
金野氏は2つ目の気づきとして、「ないものを作れる」という可能性をあげました。自身のキャリアコンサルタントとしての経験から、多くの人々が新しいことへのチャレンジを無意識に避けたり、与えられた枠の中でのみ行動しようとする傾向があると指摘。そのような中で、共同労働という制度は、自分が大切にしたい価値を形にし、周囲と協力して新しい仕事を創造できる可能性を提供していると述べました。特に、これから社会に出る若い世代に対して、このような選択肢があることを積極的に伝えていきたいと語りました。
質疑応答
トークセッションの後は、会場とオンラインの参加者からの質問に答えていきます。例えば、「一般企業ではヒエラルキーによって意思決定がなされますが、ワーカーズコープではどのように合意形成を図るのでしょうか」という質問に対して、田嶋氏は以下のように回答しました。

「リーダーはみんなで選び、そのリーダーが日常的な仕事を見ながら提案を行います。ただし、提案の前段階として、しっかりとした議論と話し合いのプロセスを重視します。できる・できないの判断や、違う意見の提示、修正など、様々な意見を聞きながら合意形成を進めていきます。
時には強引な提案をすることもありますが、その場合も具体的な事実や可能性に基づいて提案を行います。基本的な姿勢として、組合員が『やりたい』『挑戦したい』という意識を持っているのであれば、それを支援する組織文化を大切にしています。
確かに合意形成には時間がかかり、これはデメリットとも言えます。しかし、みんなが合意できた時には、組織全体で一気に動き出すことができます。『1人の100歩よりも100人の1歩の方が大事』という言葉があるように、特定の個人の突出した行動よりも、全体が一歩前進することを重視しています」
この回答に対して、矢萩氏は単に話し合うだけでなく、参加者一人ひとりの「感情」にも目を向けることが重要だと補足。「この人はどういう感情でいるのか」という視点を持ちながら合意形成を進めていくことで、より良い結果が得られるとコメントしました。
おわりに
本セミナーでは、「協同労働」という新しい働き方の可能性について、深い議論が交わされました。日光東照宮という歴史的な場所で、400年の時を超えて未来の働き方を考えたこの日。パネリストたちが指摘したように、実際に地域を歩き、体験し、感じることで生まれる当事者意識や、感情に寄り添いながら進んでいく「対話」は、これからの日本社会において、ますます重要になっていくのではないでしょうか。